3. ホテルにチェックイン

 フランクフルトの場合、どんなホテルでも大抵空港から二十分も走れば到着する。到着後は添乗員がすぐにチェックインの手続きを行う訳だが、最近のプロテンの中には英語も満足に話せない人間が多いのには驚かされる。ヨーロッパの様に旅行中に何度も言葉が変わる様な地域で、訪問国それぞれの言葉を話せる添乗員は皆無だし、又、そこまでは業務上も要求されない。しかし、せめて、英語ぐらい話せる添乗員が来ないと、何の為の添乗員だかわからなくなってしまう。(筆者らはこういった添乗員の事を「便乗員」と呼んでいた)こういった場合は筆者の様な現地係員がチェックイン手続きを代行する訳だが、そもそもホテルのチェックインなんて、どの国でも英語で通じるし、それも中学生程度の英語力があれば難なくこなせるものなのに、それすら満足に出来ない人間がプロテンでござい、などとよく恥ずかしくもなく言えるものだと呆れてしまう。
 この後ホテルのレストランで夕食となるのだが、十何時間も身動き出来ない状態で機内食だけはしっかり食べた為に、ほとんどのお客はあまり食欲がない状態である。しかし最後の機内食がヨーロッパ時間の午後三時頃に出されている為に、このまま寝るには何となく物足りない、というのがお客の正直な感想だろう。ツアーオペレーターはこの辺を察して、到着初日の夕食は軽食を出すべきなのに、いざレストランに行ってみたら、ほとんどフルコースの食事が用意されている。この辺が筆者の言う「血の通わない手配」の最たるものである。

 一方ホテルの客室はと言えば、ヨーロッパ、特にドイツではいわゆる日本やアメリカの様なツインルームはほとんどない。ヨーロッパで言う所の「ツインルーム」とは、一つの大きなベットに寝具が二組並べられているものを指す。一見ダブルに見えるのだが、ダブルの場合は一つの大きなベットに寝具も一つだから明らかに異なる。しかしこういった慣習を知らない日本人は、部屋に入った途端に、まるで鬼の首を取った様に添乗員に文句を言いに行く。この現象は特に視察旅行などで男性同士が同室になっている時に顕著に現れる。しかし添乗員だって文句を言われても、そのホテルにはそういった部屋しかないのだから対処のしようがない。最近でこそ大都市にあるアメリカ資本のホテルなどには、日本風のツインルームも増えてきたが、この問題などは日本出発前に判りきっている事なのに、事前に客に説明しないものだから現場で混乱する。現場にいる筆者の元に客から苦情が来ても、筆者はこう言う事にしていた。「ま、今夜はお二人で夜中に親睦でも深めて下さい」

 又、バスルームも問題が発生しやすいポイントである。ヨーロッパのホテルはシャワーだけしかない部屋が主流で、日本の様にバスタブが付いている部屋は数少ない。ヨーロッパ人は滅多に入浴をせず、普段は濡れタオルで身体を拭くだけなのだから、これも致し方のない事だ。しかしこの問題は手配会社が最も気を配っている点でもあるので、ホテル側にオーバーブッキング等の手落ちでもない限り、日本人客の部屋にはバスタブが付く様になった。しかし、だからと言って安心してはいけない。問題はお湯が出るかどうかなのだ。特に客室数が百室に満たない様な小規模なホテルでは、ボイラー容量が小さい為に(前記の様にヨーロッパ人は一度に大量のお湯を消費しない)最初熱いお湯が出ていても次第にぬるくなり、最後はチョロチョロとした水になってしまう現象が日常茶飯事的に起きている。日本人客が一斉に各部屋でバスタブにお湯を張るからだ。団体行動をしていればホテルの部屋に入る時間も同じで、さあ風呂にでも入ろうか、というタイミングが同じになってしまう為に起こるなの現象だが、これなどは入浴の時間を少しずらせば再び熱いお湯が出る様になるので、簡単に解決する問題である。この時にもまた添乗員の部屋の電話が鳴りっ放しになる。これも添乗員が可哀想である。頑張ってどうにかなる問題なら対処もするだろうが、こういったインフラにかかわる問題では添乗員にはどうにも出来ない。

 筆者にはどうも一般的に日本人にはヨーロッパのホテルは素晴らしい、という変な固定観念がある様に思えてならない。テレビや女性雑誌などで素晴らしいホテルの紹介をやっているせいかもしれないが、筆者に言わせれば、ツアーで泊まる様なホテルに期待するのは大きな間違いである。全般的にヨーロッパのホテルの宿泊料金は高い。嘘だと思ったらあなたの泊まっている部屋のドアの内側か、クローゼットの扉の内側にその部屋の宿泊料金が記載されたプレートが取り付けられているので、それを見て頂きたい。日本円に換算してみると、結構な値段の部屋なのがお判り頂けるだろう。もちろんツアーでは団体宿泊料金が適用されているので、旅行会社はその半分程度の金額(これはホテルによっても大きく異なるので一概には言えない)しか払っていないが、それでも決してしょうもない安ホテルを使っている訳ではない事はお判り頂けると思う。確かにヨーロッパには素晴らしいホテルが存在する。しかしそういったホテルは宿泊料金が桁違いに高いのである。もし旅行中こういったホテルに泊まりたいのであれば、あなたのツアー料金は間違いなく百万円を超える筈である。前にも言ったが世の中全て金なのだ。快適さを追求するならお金を払いなさい。それが嫌なら、安価で快適なホテルに泊まりたいのなら、ヨーロッパなんかに来ないで日本国内のホテルに泊まりなさい。

 筆者は最も忙しく仕事をしていた時期、一年間の三分の二をホテルで暮らしていた。ツアーからツアーへの旅ガラスで、毎晩違う本当に色々なホテルに泊まらせて頂いた。しかし、その中で、今度プライベートで泊まりに来ようかな、と思えるホテルは全ドイツの中に数カ所しかなかった。お客には悪いが、ほとんどはとても自分のお金で泊まろうとは思わないホテルばかりなのが現実なのだ。過大な期待は禁物である。

 ホテルと言えば、最近気にかかる出来事があった。事の発端は客室にある冷蔵庫である。フランクフルトのとあるホテルでは、日本人のお客が泊まった場合に限って、客室の冷蔵庫(ミニバーと言う)の中身は飲み放題とした。一方フランクフルトの別のホテルでは、日本人客が泊まった場合には、ミニバーの鍵を閉めてしまって自由に使わせない様にした。中身を飲みたい場合にはレセプションに言って保証金を払うか、クレジットカードのインプリントをすれば鍵を貸してくれるシステムになった。一見両極端に見えるこの対応の違いが、実は同じ問題に根を発しているのだ。グループ客はどうしても朝のチェックアウトが同じ時間に重なってしまって、どこもキャッシャーが大混雑する。宿泊料金はもちろんツアー代金に含まれているので支払う必要はないが、個人勘定分(電話やミニバー等)の精算をしなければならないからだ。この時ばかりは添乗員の力を借りずに自力で精算しなければならない訳だが、往々にしてキャッシャーの人が言っている英語を理解出来ないお客が多く、非常に時間がかかってしまう。ホテル側はこの毎朝の恒例行事を嫌った訳だ。ミニバーの中身を全て飲み放題にしたのは決してサービスからではなく、宿泊料金にミニバーの飲み物代金を全部上乗せして、個々の精算を取り止めた訳で、もう一方は最初から使えない様にしておけば、精算する必要もないとの判断から鍵を閉めただけなのだ。朝の精算もおぼつかない日本人客が、ましてやわざわざレセプションに行ってデポジットを払ったり、カードのインプリントなんか出来る筈がない、と判断したらしい。これなどは日本人を馬鹿にしているとしか言い様がない。日本人客は一般に真面目なので、ミニバーを使ったのに黙ってチェックアウトしてしまう様な不心得者は少ない。だからこそ、一生懸命自己申告しようとしているのに、それを面倒臭がるとは、筆者は他に表現方法を知らない。一体誰が一晩でミニバーの中身を全部飲み干して行くと言うのだ?これは断じてサービスなどではない。本当に日本人客にサービスしようと思うなら、従業員に日本語教育を施すなり、日本人スタッフを雇い入れるなり、方法は他にいくらでもある筈である。

 ホテルと言えばもう一つ言いたい事がある。これはお客に対してなのだが、先にも述べた様に、ツアーでも比較的料金の高いホテルに泊まる事が多い。こういったホテルにはプールやサウナ、ピアノラウンジなどが必ず併設されている。ホテルの宿泊料金というのは、こういった付帯設備の使用料も当然加味されている訳であるから、使わない手はない。単に客室と朝食のレストラン、それにロビーを使っただけでチェックアウトしてしまうのはいささかもったいない気がする。しかし筆者が知っている限り、こういった付帯設備を使いこなしているお客は全体の5%もいないのではないだろうか。観光から帰ってチェックインして、夕食までのしばしの時間にサウナに入ったり、夕食後にピアノバーで、専属ピアニストにお気に入りの曲があれば気軽にリクエストして弾いてもらって、それをバックにちょっと高いお酒を試してみる・・・例えばもしあなたがハネムーンで来ているのであれば、雰囲気は最高に盛り上がる事請け合いだ。しかし、大抵のお客は夕食が終わると自分の部屋へと一目散。まったくもってもったいないと思う。しかしこれはお客だけを責められる問題ではなく、連日連日市中引き回しの上張り付け獄門の様なスケジュールが続いていては、一刻も早く寝たくなる気持ちも良くわかる。一昔前に比べればこれでもだいぶ良くなった方なのだが、相変わらず欧米人が知ったら腰を抜かす様なツアースケジュールを平気で組む旅行会社と、一日の訪問都市が一カ所でも多いツアーを選んで参加してくるお客がいる内は、こんな「雰囲気を楽しむ」などという発想は、まだまだ遠い将来の事なのかもしれない。