2. 同じ人間とは思いたくない添乗員

 空港のバゲージクライムでグループの到着を待っている。該当する飛行機の便名を示したベルトが動き出し、やがてお客のスーツケースが出て来る。それらを回収して一カ所にまとめる様にポーターに指示している内に、添乗員に連れられてお客がやって来る。バッジをつけているので自分の担当しているグループだという事はすぐに判る。そこで添乗員に近づいて行って、まず「お疲れさまでした、今日担当する○○です」と挨拶をすると、ワンレンの髪をかき上げながらあさっての方向を向いて「25個」と一言だけ返答がある。

 荷物も全部揃って空港ターミナルから外へ出たが、あいにくまだ自分達のバスが来ていない。筆者は慌ててバス会社に連絡を入れる。デスクの人間は車庫は予定通り出たと言うので、きっと途中で渋滞か何かに巻き込まれて遅れているのだろう。よくある事だ。そこで少しターミナルビルの中で待っててもらう様に添乗員に依頼すると、ヒステリーを起こして筆者に罵声を浴びせる。十分後、ようやくバスが入って来た。外で見張っていた筆者はすぐに添乗員を呼びに行き、お客を連れて無事にバスに乗車した。通常この時に添乗員から筆者の様な空港アシスタントへは、千円程度のチップが渡される慣習になっているが、その添乗員曰く「私たちを待たせて、ホントはあなたになんかチップ渡したくないんだけど、取り決めだからあげるわ」という捨てゼリフと共に、バスの中から外に十マルク札を一枚ヒラヒラと落として、そのままバスは走り出して行った。

 逆に空港からの出発アシスタントもある。観光を終えてドイツを出発する為にバスでグループが空港にやって来る。筆者らは出発ターミナルの前でバスの到着を待つ。バスが来れば添乗員とお客を先にチェックインカウンターへ行かせて、筆者らはバスからスーツケースを下ろし、ポーターと共に後からチェックインカウンターへ追いかける。その日は前の仕事が若干延びてしまって、空港にショーアップする時間が遅れた。遅れたと言っても、グループの空港到着予定時間ギリギリであった。しかしその日のグループは予定よりかなり早く空港に着いたみたいで、筆者が着いた時には既にチェックインが始まっていた。筆者は添乗員に遅れた詫びを言い、立て替えてもらっていたポーター代を支払った。確かにグループの到着に間に合わなかったのは筆者が悪い。弁解の余地はない。しかし、その時の添乗員はこう言った。「もう帰ってもいいわよ、いくらいたってチップなんかあげないわよ」

 これらはフランクフルト空港で筆者が体験した実話である。この他にも、例を挙げればそれだけで本が一冊書けてしまう程のエピソードがある。一体添乗員という人種は、どういう人達なんだろう。仕事に対する姿勢云々の前に、一体どういう教育、どういう躾をされてきたのだろう。筆者はこういった人間と同じ日本人で、同じ業界にいるのかと思ったら情けなくなる。

 添乗員は圧倒的に女性が多い。それも若い女性が多い。これにはれっきとした理由がある。先にも述べた様に、添乗員はほとんどが専門の派遣会社に所属する人達で、固定給はなく、ツアーに出れば出た日数だけの日給をもらえる、言わば日雇いである。しかし仕事の本数に対して登録している添乗員の数が多いので、そう多くのツアーにありつける訳ではない。夏場はまだしも、冬場になると一ヶ月の稼働日数が十日を切る場合だってザラにある。その上日給が極端に安いので、これを専門にやろうと思ったら生活が成り立たない。だから男性が出来ない職種なのだ。女性だって結婚すれば、そう何回もツアーで長期間家を空ける訳にはいかないので、結果として若い女性だけの職種となる。これは別に添乗員に限った事ではないが、最近のこの年代の女性は口の利き方を知らない。それだけならまだしも、お客よりも派手な格好をして添乗にやってくる、お客とちょっと離れた所でプカーッとタバコをふかしながら客の悪口を平気で言う、筆者の様な現地の日本人スタッフは無視するくせに、ドイツ人ドライバーには必要以上にベタベタする、まったく空いた口が塞がらない。前述した3つの例に登場するのも、全部25歳以下の大手派遣会社に属する女性添乗員である。はっきり言ってこの手のガキどもとはとても一緒に仕事なんか出来ない。

 ご安心頂きたい、男性添乗員にも変なのは一杯いる。前述の理由により、これを専門にやっている人は圧倒的に少ないので、多くの場合は普段営業をやっていて、自分の担当する顧客のツアーについて来る場合、又は若い頃外国留学か何かしていて、その語学能力を生かす為に、別に職業を持ちながらサイドビジネスで添乗をやっている場合などが多い。営業マンで現場の事は門外漢なので、全部こちらに任せてくれる添乗員は一番やり易い。正直に私は何も知らないから、お任せします、と言ってもらえれば、筆者だって出来る限りの事をしようと思う。しかし一番困るのは、自分は何も知らないくせに、客の手前こちらが決めた事にいちいち口を出してくる奴だ。それも的確な指摘ならまだ許せるが、往々にして素っ頓狂な意見を出して来る。又、何かトラブルか何かがあってお客が立腹している時などに、お客を鎮めようとせずにお客と一緒になって騒いで火に油を注ぐ奴もいる。特にオーガナイザーツアーと言って、お客の中にその旅行費用を全額出資している主催者がいる様な場合、そのオーガナイザーのわがままを何倍にも膨らませてこちらに高圧的に指示する奴がいる。ドイツでは出来る事と出来ない事がはっきりしている。日本の様に「ご無理ごもっとも、そこを何とか」の論理が全く通用しない。出来るわがままなら筆者だって叶えてあげたいと思うが、こういう国だから、出来ないわがままはどんな事をしても駄目なのだ。だから「それは出来ない」と断ると、もう「ここにおわすお方をどなたと心得る・・・・・」と時代劇みたいな反応が返って来る。ドイツで葵の紋所を示されたってどうしようもないのに、こんなギャグみたいな事が現実に起こっている。

 もう一つは自分自身の外国経験が豊富なので、超知ったかぶりをして、こちらの説明にいちいちケチをつけてくる奴だ。ひどいのになると、こちらがバスの中で話している時に、マイクを奪い取って自分なりの説明をつけ加える奴もいる。特に何日にも渡るツアーを担当する様な場合には、筆者がバスの中で話すネタは順を追って全て計算し尽くしている。この話は今説明するより、あの景色を見てもらってからにしよう、といった具合に、話の順序や声のトーンまで全て計算してやっているのだ。ネタとネタの間の「間」を取っているのに、話に詰まったのだと勝手に勘違いをして、自分でマイクを奪って話し始める。いくら外国経験が豊富でも、あまり露骨にやるとお客にもいい感情を持たれないという事に気づきもしない。これもはっきり言わせて頂く。たかが二年や三年留学した位で、訳知り顔をするのはやめて欲しい。どこかの企業の駐在員でもやっていたのならまだしも、留学なんて外国経験の内に入らない。外国人のもとで働いて給料をもらう事のしんどさ、外国のビジネス社会の厳しさも知らないで、学校という閉鎖された社会の中だけで起きている事が、その国の全てだなどと思うのは、勘違いも甚だしい。

 もうバカバカしくって、こういった人達とはとても一緒に仕事は出来ない。所詮添乗員なんて、日本のビジネス社会からつまはじきにされた者がやる職業なのだ。この連中は絶対に他の業界では食っていけない事は筆者が保証する。こういった奴らが幅を利かせている業界から離脱して、筆者は本当に良かったと心から思っている。