3. 土産物屋と旅行業界

 ツアーの途中、各地の観光地でお客はお土産物屋に案内される。もちろんショッピングは旅行の楽しみの一つであるし、隣近所、上司同僚にお土産を買って帰る習慣がある日本では、この買い物を済ませないと、おちおち旅行を楽しんでいられない気持ちも分かる。新婚旅行の人達はもっと気の毒で、きっと出発前に作ったのだろう、仲人さんや式に出席してくれた人達に対するお土産一覧がビッシリと書かれたリストを持って、各地のお土産物屋で二人で協力して、一つ一つ塗り潰しながら一生懸命買い物をしている姿は、滑稽を通り越えて悲しく見える。自分のお土産ではなく、他人の為に貴重な観光の時間を削ってまで買い物に精を出すのは、いささか本筋から逸れる様な気もするが、日本社会に生きている以上、止むを得ない事なのかもしれない。 筆者の様に旅行を業としていた人間だって、プライベートで違う国に行った時など、その国でショッピングするのを楽しみにしている位であるから、お客が買い物買い物と騒ぐ気持ちは良く理解出来る。しかし、問題なのはこのお土産物屋のシステムなのだ。

 ドイツの場合、各観光地には日系のお土産物屋さんがある。日系というのは、日本の百貨店の現地店だったり、独立して営業している日本人経営の店などである。添乗員やガイドは必ずこういった店にお客を案内する。こういった店では店員もほとんどが日本人なので、安心して日本語で買い物を楽しむ事が出来る。これ自体は誠に結構な事である。しかし、これらのお土産物屋さんは大抵、日本のホールセラーと入店契約を結んでおり、そのツアーの売上総額の一割が直接日本のホールセラーに支払われる事になっている。その上、各お店はその年の入店契約を取りつける為には、多額の協賛金をホールセラーに支払わなければならない。この他に、ガイドやドライバーに対しても、お店は入店謝礼として一グループにつき二千円程度を支払っているし、添乗員には売り上げに応じてその店で使用出来る商品券の様な物が渡される。
 入店契約のない普通の店に入れた場合は、売り上げの一割がその場で添乗員にバックされる。通常はこれをガイドとドライバーの三人で分けている。昔、こんな契約もなかった時代に、これで味をしめた人間が、現在では旅行会社の幹部になっているので、(昔は現在とは比較にならない程よく売れたので、この謝礼だけで家を建てた人間もかなりの数にのぼる)現在では現場の人間達で山分けされない様に、この入店契約システムを考え出したのだ。ドイツ人にはこれが理解出来ない。ドイツ国内にはもちろんドイツ人が経営するお土産物屋もたくさんあるが、彼らの店はほとんどこの入店契約を結んでいない。店内での売り上げに協力してくれた添乗員やガイド、そして店の近くにバスを停めて待っててくれているドライバーに謝礼を出すのは当然だが、何故旅行会社にまで謝礼を払わなければならないのか、となるのである。ドライバーにしたって同じで、他店なら三等分なのに、何でこの日本の店は俺に二千円しかくれないのか、という不満が残る。露骨なドライバーの場合などは、いくらこちらが頼んでも、日本のお土産物屋には寄ってくれない人だっている。こうなるとまたツアーがボロボロになる元である。
 百歩譲って入店契約を認めたとしても、その契約店の選定のいい加減さには呆れるばかりだ。その店の商品構成を良く調べもせずに、協賛金の額だけで契約するものだから、お客は毎日毎日各地で同じ様な商品しか置いていない店に案内される事になる。どうしても日本のお土産物屋は、色々な商品をまんべんなく置こうとするから、どこも似たり寄ったりになってしまうのである。そこへいくとドイツのお土産物屋は、その地方、その店なりの特色を出した専門店が多い。

 筆者は在職中、入店契約を無視して、色々なお店にお客を案内した。確かにこのやり方の方が筆者の臨時収入も多いので、魅力があった事は否定しない。しかしそれ以上に、商品構成に気を配り、二度と同じ様な店には案内しないというのが筆者のポリシーだった。色々な考え方のお客がいるから、筆者のやり方が必ずしも正解だったとは思っていないが、特にパッケージツアーに何度か参加しているお客からは、「前回と違って今回は色々な所が見れて良かった」という感謝の言葉を何度も頂いた。
 筆者の他にも同様の方法を採る添乗員はいる。筆者と同じ確信犯なのか、ドライバーにいじめられた為なのか、それとも単に私腹を肥やしたいだけなのか、その理由に関して筆者には知る由もないが、しかし最近では、契約指定店に入らないと、店からホールセラーに通報するシステムまで確立された為に、何人も解雇された添乗員がいると聞く。

 旅行業界はコミッションに始まりコミッションに終わる世界であるから、この問題だけを槍玉に上げて糾弾する訳にはいかない。例えば、旅行会社と航空会社の関係もそうだ。大手の旅行会社では、年間契約で飛行機の座席を仕入れている。航空券の価格が非常に複雑なのは前にも述べたが、旅行会社と航空会社の間には一応のレートが決まっている。そして、年間何席以上売り上げた場合はいくら、という風に、航空会社から旅行会社に対して販売報奨金が支払われる(これをキックバックと言う)。旅行会社では、前年度の実績を参考に本年度の座席販売数を設定し、予め計算出来る航空会社からのキックバック分を最初から割り引いて、お客に販売している。又、先に述べた各地のお土産物屋からのコミッションや協賛金も、予め計算に入っており、こういった収入があるという前提でツアー料金を設定している。

 最近のブームに惑わされる様に、ツアー料金も価格破壊が進行しているが、これは航空券の価格が安くなった為でも、旅行会社内のリストラを断行した訳でもなく、こういったコミッション収入でツアー料金の値下げ分を補填しているだけなのである。こういう状況だから、出国者数が鰻登りに増え続ける中、世間では旅行業界は不況知らずと言われているのに、その旅行会社自体の利益はちっとも上がらない。利益幅が薄いから、せめて数で勝負せざるを得なくなり、更なる値下げ競争を繰り広げる。別に旅行会社を弁護する訳ではないが、はっきり言って今のツアー料金はもう限界以上に安く設定されているのだ。これから更にコストダウンを計ろうとするから、ガイドはつけずに添乗員が一人二役を演じ、空港やホテルで一切ポーターを使わずにお客自身に荷物を運ばせたり、食事の質も徹底的に落とし、ホテルのランクも下げて、お客には指定店以外で絶対に買い物をさせなくなって来ているのだ。こういった劣悪なパッケージツアーが主流を占める様になると、お客は自然と逃げて行く。販売数が落ちるものだから、更なる値下げに走る・・・・・旅行会社は自分で自分の首を絞めているのに気づきつつも、この流れはもうどうにも止まらない。誠にもって悲しい業界である。